~ 伝説の直系 ~ Shoe maker 松田 笑子 |
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「テリー・ムーアさんは今、日本人にラストメイキングを教えているらしい」 僕がそんな話を聞いたのは、2000年11月の事。そして、その日本人が若手の女性職人さんと聞いたのが、それからさらに2年後。 テリー・ムーアさんの職人技を受け継ぎ、フォスター&サンにおいてもクォリティ・コントロールを担う重要な存在、それが松田笑子さんである。 英国における靴製作は昔から分業化されており、ラストメイキング、パターンメイキング、クリッキング、クローズィング、ボトムメイキング、ポリッシング、etc……各パートごとに専門の職人が存在し、それぞれにおいて自慢の腕を揮う。しかし松田さんは、それら全工程を熟知する職人。若くしてそれだけの技術を習得し、英国の名店でご活躍されるに至るまで、果たしてどのような道のりがあったのだろうか。 松田さんは最初から靴職人志望だったというわけではなく、ただ闇雲に靴を勉強したいという気持ちから、英国に留学。とりわけ靴愛好家というわけでもなかったそうで、あくまでファッションの一部としての靴好き。 松田さんが靴職人を目指すキッカケは、留学先のコードウェイナーズ・カレッジにて、ハンドソーン・ウェルテッド製法のレッスンを受けた事から始まる。 「その時に初めて、ビスポークを知りました」 松田さんは手で靴を作り上げる面白さを知り、そしてのめり込んでいった。しかし、コードウェイナーズ・カレッジは主にデザインを学ぶ学校。ハンドソーンのレッスンはわずかに週一度、3時間たらずであり、これでは松田さんの学究心は満たされない。物足りなさを感じていた松田さんだが、そんな折に、友人を通じて、名職人として著名なテリー・ムーアさんの存在を知る。 「コードウェイナーズは1年で辞めました(本来は2年で卒業)。もう学ぶ事はないと思って」 フォスター&サンに赴き、テリー・ムーアさんに弟子入りした松田さんは、パターンカッティングとラストメイキングを学び始める。 テリーさんに渡された革でクリッキングをしていると、「まるでシルクのよう」に滑らかにナイフが入った。随分良い革だなと思っていると、隣で作業をしていた学生仲間が驚いたという。 「何でカール・フロイデンベルグを使っているの!」 それは世界の特級革、カール・フロイデンベルグであった。松田さん自身、それがカール・フロイデンベルグとは知らなかったそうだが、学生仲間さんは革に入っているマークから分かったという。 「良い革の扱いを体で覚えろ」 テリーさんからの無言のメッセージであった。もっとも、勉強していたのはそれだけではない。独学で、ハンドソーンによるボトムメイキング(底付け作業)の修練も積んでいたという。ボトムメイキングについては、直接師匠について一から学ぶという経験はなく、自宅にて、作っては考え、作っては考えの繰り返し。 「(店舗に)フォスター&サンのアウトワーカーが来るとアドバイスをもらったり、質問したり。後は試行錯誤でした」 それを続けるだけの根気と気力は並大抵のものではなかったであろう。この時期の松田さんはアルバイトで生計を立て、腕を磨くのは専ら自宅。松田さんの修行時代である。 やがて松田さんはフォスター&サンの正社員に雇用され、ついにプロの靴職人となる。担当する仕事は、主にボトムメイキングと製作の進行管理。 「一連の作業に、しっかり目を通しておかないと気が済みません。いったん進んだ作業を、また戻して行うのも大変ですし」 責任感の高さゆえであろう、クォリティ・コントロールには相当気を使われている。そして、そのクォリティを理解できるのも、靴製作の全工程を知る松田さんならでは。無論、自らの腕を上げようとする向上心も強い。 「周囲の職人から靴作りに対する姿勢に常に刺激、影響を受けています。あと、昔のサンプル・シューズたちはたくさんの事を教えてくれます。昔の職人さんは作るのに時間をかけているし、命がけでした。良い物を作らないと、生きていけない時代という事でしょう」 パッと見ただけでは分からない、細かい部分の仕事でも、それが幾つも積み重なれば、全体の出来に現れてくるとの事。それでは、松田さんにとって美しい靴とは何なのであろうか? 「例えばラウンドトウにはラウンドの、チゼルトウにはチゼルの良さがあります。それぞれのシェイプの良さが引き立てられ、全体で見たときにデザイン、シェイプともにバランスの取れている靴」 「古くても新しくても職人の意欲が伝わってくる靴。手に取ってみると分かります」 さらに松田さんはこうも続ける。 「でも表から見たときの美しさだけではなく、その靴を履いた時のフィッティングも、見えない美しさだとも思うのですが……」 目から鱗が落ちる思いであった。そう、美しさとは五感から得るもの。そしてフィッティングとは、触覚を媒体にした美しさなのだ。靴職人として追求すべき、フィッティングへのこだわり。そして、そのこだわりがある次元を超えた時、それは当然、美しいのである。 「靴としての力強さと、また女性らしい繊細な部分も出せるようにと考えています」 自らの作風をそう答える松田さん。 「ライン一つにしても、靴のスタイルによって美しいラインが違ってくる。そのラインを創造するのが楽しいですね」 お話から伺える、靴作りへの熱意。お客の要望を踏まえたうえで、もっとも美しいスタイルを描き出し、作りあげる。技術と美意識の融合。職人の心意気である。 職人としてのキャリアは決して長くない。しかし、仕事と真摯に向き合う、高いプロフェッショナリズム、その落ち着きある堂々たる仕事ぶりには、既に風格すら漂っている。 |
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