日本皇室御用達の注文服店 金洋服店
Imperial House of Japan appointment Bespoke Tailor at Tokyo Kinn Tailor
NNさん運営の服飾関連Blog、「滑舌クラシック」さんとの合同企画です。日本皇室御用達のビスポーク・テイラーとして著名な、金洋服店さんのご紹介でございます。

僕自身、店主である服部晋さんのご著作やBlogはかねてより愛読しており、また服飾愛好家の方々から高い評判も耳にしておりまして、非常に興味があったビスポーク・テイラーです。

そして何より、NNさんが金洋服店さんのスーツを入手して、とても感動されていたのが印象的でした。NNさんはこれまで、所有しているスーツに対し、「このスーツはここが動きづらい」と、何かしらの不満をこぼしておられ、なかなか満足できるスーツに巡り会えてないご様子でした。しかし、金洋服店さんのスーツを入手した途端、それが一変したのです。とにかく金洋服店さんのスーツを絶賛するばかりで、こう言ったNNさんは初めてでした。さらにNNさんは、こうも述べました。

「服について質問すると、服部先生は返ってくる答えが違う(深くて詳しいと言う意味で)。他のテイラーさんと比べて、持ってる物が違いすぎる」

NNさんはすっかり金洋服店さんのスーツ、そして服部晋さんに心酔されているご様子でした。いわゆる、"大ファン"です(笑)。さらに、NNさんは服部さんを、いつしか"先生"と呼ぶようになっておりました。そしてまた、僕の知る服部さんの他のお客様も、やはり服部さんを"先生"と敬称付きで呼んでいるんですよね……。

NNさんから服部さんの素晴らしさを力説されて、僕も服部さんへの興味がますます強くなって来ました。そして今回、NNさんのおかげで、僕も服部さんから直接お話を伺える機会に恵まれ、僭越ながら、服部さんの服作りのこだわりをご紹介させて頂こうと思いました。NNさん、服部さんとお会いできる場をご提供して下さいまして、どうもありがとうございました。
金洋服店店主・服部晋さん

金洋服店二代目店主・服部晋さん。服部さんと言えば、「プルダウン」と命名された襟付け技法で著名ですが、上画像の服部さんがお召しになっているジャケットも、そのプルダウンが完成した50年ほど前に作った物だそうです。

なお、服部さんはご覧のとおり、50年前のスーツでも普通に着こなせ、つまり昔から体型がお変わりになってないそうです。80歳を過ぎて、今なお現役職人として腕を揮っておられるのも納得です。
NNさんご注文の服部晋さん製ビスポーク・スーツ NNさんご注文の服部晋さん製ビスポーク・スーツ、後姿
NNさんご注文の服部晋さん製ビスポーク・スーツ、ウエスト・コート姿 NNさんご注文の服部晋さん製ビスポーク・スーツ、バックライン

表情豊かに、大きい曲線を描くバックスタイル。

NNさんが注文したビスポーク・スーツの全身画像です。これは服部さんにご注文されて2着目だそうです。スクエア・ショルダーでウェストのシェイプが効いた、スタイリッシュな仕上がりですね。このスーツに使用された生地は、ポーター&ハーディングのソーン・プルーフ。ソーン・プルーフは目付400gの品が多いですが、これについては560gだそうで、相当重いですね。しかし、スーツから感じられる雰囲気は柔らかいのが不思議です(画像からでは伝わりにくいかも?)。服部さんによると、ご自身に特にハウススタイルはなく、お客様が望むスタイルを優先しつつ、要望がなければ、服部さんがお客様のパーソナリティを感じ取り、その印象によって、柔らかい雰囲気にするか、引き締まった雰囲気にするか、凛々しい雰囲気するかを決めるそうです。そして、このNNさんのスーツは「柔らかい印象」で作ったのだとか。

「1着目よりも、さらに前方へ荷重が分散されて、着心地が良くなっている」

NNさんは、金洋服店さんのイクォリティー、そして服部さんのビスポーク・スーツ1着目から、その素晴らしい着心地に驚嘆しておられましたが、2着目になって、それがさらに進化している事を強調しておられました。このスーツを着たNNさんが、わざと肩を大きく回したり、腕を伸ばしたり、肘を広く張ったり、大股開きで歩いたりして、それでもスーツが引っかかる事が無く、しなやかに吸い付いてくるのを堪能している様子でした(笑)。NNさんが言うには、トラウザースも「履いた瞬間から違う」そうで、つまり、動く前から着心地の良さが分かるトラウザースだそうです。

「動くのを前提とした服。どう言う動きをしても良い服」

服部さんは、ご自身が身上としている服作りについて、そう話しておられました。着心地も柔らかい事にこだわっており、80年代、日本の注文服業界において、ドイツ製の硬い芯地が流行った事があったそうですが、服部さんは使わなかったとか。

その芯地について、他店ではビスポークとは謳っていても、外注した出来合いの芯地(出来芯)を使用している場合が多いですが、服部さんは当然、作成目的によって、イタリア製3種を使い分けた自作だそうです。この自作の芯地はビスポークのみならず、パターン・オーダーのラインである「イクォリティー」も同様との事ですから驚きです!大事な部分なだけに、パターン・オーダーとは言え手間を惜しまないと言う、金洋服店さんのこだわりが感じられます。芯地が自作と言う事は、当然、「イクォリティー」は自社工房製。外注でしたら、芯地まで自作するのは困難ですよね。そして、自社工房製だからこそ、これだけ手の込んだ作りでも、10万円前後で出せるのだろうと思いました。

僕もイクォリティーのサンプルを試着させて頂いたのですが、胴体はもちろんの事、腕にまで"吸い付く"感があり、その完成度の高さに驚きました。


服部晋さん使用ミシン

服部さんは手縫いとミシン縫いを併用して服を製作しておられますが、柔らかな着心地にこだわる服部さんは、ミシンで縫う場合でも、粗く、そして遅く縫うそうです。どのくらい遅いのかと言うと、工場生産のミシンだと1分あたり6000針のところ、服部さんはなんと、1分あたり200-300針。まさに針の動きが、肉眼で捉えられるほど遅いそうです。まず、この服部さん所有のミシンの場合、最大でも1分あたり1000針しかスピードが出せないのだとか。

それでは、なぜ服部さんは遅く縫うのでしょうか?速く縫うと、針が必然的に強く打ち込まれ、当然、糸も強く締めあがり、ステッチが動かなくなってしまいます。つまり、服の運動性がなくなるわけで、それを避けるための遅いミシンがけとなるわけです。

そして、服部さんが使用する糸は、シルクの8番糸。シルクは柔らかく、8番糸は太く、それを粗く遅く縫う……、服の運動性を考えた場合、このソーイングが服部さんの結論だそうです。

ただ、このシルク8番糸による遅いミシンがけは、服部さんが所有しているような古いミシンでないと難しいそうです。古いミシンだと細かな調整が可能のため、シルクの8番糸が使え、そしてスピードがここまで落とせるのですが、縫製工場で用いられるような新しいミシンだと、それが不可能なのだそうです。上質な既製スーツ、またはパターン・オーダーの製作で知られる日本の某工房が、服部さん所有のミシンと同じ物を使いたいと、問い合わせされた事もあったとか……。
NNさんご注文の服部晋さん製ビスポーク・スーツ、肩の様子

NNさんが服部さんにご注文されたスーツの2着目、拡大画像です。座っていて、ボタンを留めている状態でも、襟と肩が浮かず、しっかり収まっているのがご確認頂けると思います。高いフィッテング技術と立体成型技術の賜物です。

服部さんの立体成形技術の一つであり、著名な前肩処理技法、プルダウン。これは、長く作った上襟を、身頃を伸ばして取り付ける方法だそうです。

上襟>
身頃

つまり、上襟と身頃を、初めは上記のような長さの比率で作ります。この長さが合ってないのを、アイロンワークで身頃を前に引き伸ばし……、つまりpull down・プルダウン(=下へ引っ張る)させて、合わせていくわけです。

上襟=身頃

結果、以上のようになって、長い上襟が身頃に取り付けられます。この作業によって重心が前へ持ち出され、着心地が良くなるのだそうです。もちろん、ただ重心を前にするだけでは意味がなく、その重心位置がさらに大事で、その位置が適切な箇所に来ないと、かえって着心地が悪くなるのだとか。

「その重心をかけるのに、適した箇所とは、どこなのでしょうか?」
「天秤棒を担ぐ際、楽な部分があるでしょう」

その適切な箇所を察知するのも、服部さんの腕の見せ所であり、いわゆる、「職人の経験と勘」が要求されるようです。なお、このプルダウンはジャケットやコートだけでなく、襟がないウエストコートやマントにも行われるそうです。



服部さんはこのプルダウンの技法を、キルガー,フレンチ&スタンバレーの講習会にてヒントを得たと、ご著作などで述べておられますが、僕が個人的に調べたところ、やはりと言いますか、英国のビスポーク・テイラーでも、長い襟を取り付けているようです(※注1)。そして上襟には、大きく分けて棒襟と鎌襟の二種類がありますが、服部さんも英国のテイラーも棒襟を用いるそうです。
さらに言えば、服部さんのお弟子さんである金子秀平さんが、服部さんが肩入れで2.5cmほどいせ込む事に驚いておられますが、英国のビスポーク・スーツも3/4インチ~1インチほど……つまり、2~2.5cm、場合によってはそれ以上いせるようです(※注2)。他にも、出来芯は使わない、ノリは使わない(※注3)なども、英国ビスポーク・スーツとの共通点として挙げられます。だからと言って、服部さんと英国、ご両者が同じ工程、同じ仕事をしているわけではないのですが、"良い服とは何か"を考えて服作りをしていくと、自ずと共通点は出てくるのかなと思いました。

また、服部さんはシロセット加工(※注4)もできるだけ行わないそうです。生地が柔らかすぎて、加工を行わないと心もとない場合でも、スティーム加工にとどめるのだとか。やはり、柔らかな着心地にこだわるゆえであろうと思います。



※注1・ただ、服部さんと英国では取り付ける方法が異なるようです。
※注2・ただ、服部さんと英国では、いせる方法、いせる箇所は異なるようです。
※注3・正確には、英国ではわずかに使う。
※注4・トラウザースなどの折り目が消えないように、薬品と蒸気とプレス機で行う加工。
服部晋さんの斜面裁断法

さらに服部さん独自の技術として、「斜辺裁断法」があります。これは通常の採寸では把握しづらい、体の立体性が強い部分を知るための裁断法だそうで、それは例えば、上写真(NNさんがコート中縫い中の画像)の肩の部分。このように三角形を二つ描き(※注5)、その斜辺によって立体を把握、そして、斜辺の交差部分が立体の頂点となるようです。もっとも、この斜辺裁断は必ず用いるわけではなく、服部さんが把握しづらいと判断した際に使用されるのだそうです。

お恥ずかしい事に、僕自身、この斜辺裁断についてはしっかり理解し切れてなく、僕の認識が間違っているかもしれません。それでも、こう言った裁断方法は初めて聞きましたし、「この手法なら確かに立体を出せる!」と、普通はとても考え付かない、服部さんの素晴らしい発想に感嘆……と言うか、ほとんど感動しました(理解し切れてないのにそう思うのは、知ったかぶりですが)。この三角形を利用した裁断法は、服部さんが小学生時の算数の授業で、「三角形は形が変わらない」と言う言葉を思い出し、30歳頃に編み出した技法なのだとか。



※注5・あくまで僕が書いた三角形なので、実際に服部さんが描かれる三角形は違う形状となる可能性が高いです。参考程度でお願い致します……。
NNさんご注文の服部晋さん製ビスポーク・スーツ、前裾の様子

他にも服部さんならではの手間のかけ方の一つに、どんな体型の方にも腹ぐせつけると言うのがあります。「腹ぐせをつける」とは、いわゆる肥満体型の方に、お腹が出ている分、パターンを余分に出し、アイロンワークによって立体成形を施し、着心地を良くし、そして不恰好に見えないようにする仕事です。
しかし服部さんは、NNさんのように痩せている方にも腹ぐせをつけるのだそうです。その理由は、誰でも画像黄点線の下あたりからは肉が付かないため、その分、黄点線上と比べて肉付きに差があります。その分、クセを出して着心地を良くし、そして前裾をもたつかせず、黄矢印のようなラインを描いて、見栄え良く収めるのだそうです。



服部さんは教室も主宰しており、その技術を後進に伝えております。そして、その際、服部さんはお持ちの技術を惜しむ事なく、全て伝授しているそうです。

「そんなに教えて、服部さんの技術を超える人が出てきたらどうするんですか?」

服部さんとのお話の最中、NNさんが聞きました。

「そう言う人が出てきたら、私がその人を追い抜くだけの事です。でも、そう言う人が出て来ないんだよ」

さらに、NNさんは聞きました。

「プルダウンはさらに進化しているんですか?」
「進化してますよ。そうでないと、何のため生きているんだか分かりゃしない」

この服部さんの言葉を聞いて、僕はチャールズ・チャップリンの言葉を思い出しました。「あなたの最高傑作は何ですか?」と問われると、「Next one(次の一作だ)」と答えていたと言う、あの言葉。

つまり、「自分はまだまだ上へ行ける」と言う自負、「もっと良い作品を作るんだ」、「もっと良い作品が作れるんだ」と言う飽くなき向上心と探究心、そして情熱。職人さんやクリエイターさん、そして芸術家さんにはそう言った気質の方が多いですが、それが大御所の服部さんからも感じられる事に、僕は感嘆するばかりでした。そして、だからこそ、同業者の方々からも尊敬される所以なのでしょう。


金洋服店 MAP

大きな地図で見る
・金洋服店お仕立て価格・

お仕立て服 価格 生地用尺
3ピーススーツ 400,000円 3.2~3.5m
2ピーススーツ 350,000円 3.2m
ジャケット 270,000円 1.8~2m
トラウザース 85,000円 1.4m
ウェストコート 85,000円 0.7~0.8m
コート 350,000円 2.7~3m、インヴァーネスコートは3.8m
マント 270,000円 2~2.5m
スカート 65,000円 0.7m~

上記料金はいずれも仕立て代のみであり、生地代別です。生地持込可。生地を持ち込まず、お店で選ぶ場合は、お仕立て価格+5~20万円が目安だそうです。参考までに、上記で紹介したNNさんの3ピース・スーツは生地代+お仕立て代で、48万円(税込)だそうです(持込ではなく、服部さんが調達)。

なお、表示した生地の用尺は服部さんの服作りの場合であって、他のテイラーさんでは用尺は異なります。

また、日本のビスポーク・テイラーさんでは、生地持込不可のお店も多い中、金洋服店さんは昔から可だそうです。それについて理由を伺ってみたところ、「お客様は海外で働いている方も多く、そう言う方は向こうで生地をお土産として買って来るんですね。それで……」と、昔から格式高い、金洋服店さんらしいエピソードを語って下さいました。






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